給与からの天引きの問題点
2019/3/5
こんにちは。
今回は、時事ネタを取り上げたいと思います。
今、元保険外交員が、給与から多額の経費が天引きされたことを不当として未払賃金などの支払を求め会社側を訴える事例が相次いでいるようです。
ニュースなどによると、原告である元保険外交員の給与からは、「アドバイザー費用」の名目で多額の天引きがされており、手取りがない月があったり、マイナスとなった場合はさらに翌月以降の給与から差し引かれていた月があったりしたそうです。
なお、「アドバイザー費用」とは、雇用主である保険会社側が、保険外交員に対し、契約の見込み客を紹介した際の費用とされていたようで、1件あたり約2万5千円を請求されていました。
このような給与からの天引きは、どのような法的問題があるのでしょうか。労働法の観点から考察してみました。
1 そもそも「労働者」といえるか
保険外交員は、「労働者」といえるのでしょうか。労働者でなければ、労働基準法の適用がないため、まずはこの点が問題となります。
「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいいます。(労働基準法第9条)
そして、「労働者」性は、
①仕事の依頼、業務の指示等に対する諾否の自由の有無
②業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
③勤務場所・時間についての指定・管理の有無
④労務提供の代替可能性の有無
⑤報酬の労働対償性
⑥事業者性の有無(機械や器具の所有や負担関係や報酬の額など)
⑦専属性の程度
⑧公租公課の負担(源泉徴収や社会保険料の控除の有無)
の諸要素を総合的に考慮して判断されます。
今回問題となった保険外交員がどのような契約で雇用されていたのか、詳細は不明のため、具体的にあてはめて検討することはできませんが、以下では、今回問題となった保険外交員が「労働者」であると仮定して、お話します。
2 最低賃金法違反の問題
手取りがない月があった、という点について、最低賃金法違反が考えられます。
最低賃金法という法律では、使用者には、労働者に対し最低賃金額以上の賃金を支払う義務があることを定めています(最低賃金法4条1項)。
最低賃金には、「地域別最低賃金」と「特定最低賃金」の2種類があり、どちらも適用を受ける場合は、いずれか高い方が適用されます。
なお、大阪府の地域別最低賃金は、936円です(平成31年2月現在)。
したがって、手取りがない月があった、ということは、最低賃金法に違反していることになるため、原告は不足分を請求できることになります。
また、最低賃金法では、4条1項に違反した者(地域別最低賃金及び船員に適用される特定最低賃金に係るものに限る)は、50万円以下の罰金に処する、という罰則も定められています。
3 賃金全額払いの原則違反の問題
そして、給与からアドバイザー費用名目で多額の天引きがされていた点については、賃金全額払いの原則への違反が考えられます。
賃金全額払いの原則とは、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」(労働基準法24条1項)とするものです。
つまり、法律は、原則として給与の天引きを認めていないのです。例外的に、法令で定められた税金、社会保険料などは天引きが認められています。
また、書面による労使協定がある場合には、社宅料や親睦会費などを天引きすることは可能です。
もっとも、「労働者の経済生活を脅かすことがないようにするという法の趣旨からすれば、賃金からの控除は賃金額の4分の1にとどまるべきで、それを超える控除は無効である」とした裁判例もあります。
したがって、本件のように、労働者の意思に反する手取りが残らないような高額の控除は、違法であると考えられます。
4 おわりに
いかがだったでしょうか。
今回ニュースとなった保険外交員に限らず、最低賃金や賃金全額払いの原則は、労働基準法の適用があるすべての労働者に関係のあるお話です。
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執筆者:弁護士 稲生 貴子
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