通勤中の交通事故。労災保険は使える?

2023/8/25

 

通勤中に交通事故が発生した場合であっても、労災保険は利用できます。
それだけでなく、加害者が加入する自賠責保険や任意保険からも損害の補填を受けることができます。
今回は、交通事故における労災保険はどのようなものか、労災保険を利用するメリット、デメリットなどについて解説します。

1 交通事故で労災保険?

労災保険は業務中にケガをしたり、業務が原因で病気になった際に保障を受けることができる保険というイメージがあるかもしれませんが、業務中のみならず、通勤途上で事故に遭った場合も保障が受けられます。

(1)労災保険とは

労災保険とは、労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行う制度です。
「業務上の事由または通勤による労働者の傷病等」とあるように、労災保険は大きく分けると①業務災害、②通勤災害の2つの場面で利用することになります。

(2)労災が適用される条件とは

 ①業務災害

業務災害とは、業務が原因で怪我をしたり病気になったりする場合のことです。
業務遂行中の災害であること、怪我や病気が業務に起因していることが必要です。

 ②通勤災害

通勤災害とは、労働者が通勤中または帰宅中に被った負傷や障害などのことをいいます。
住居と就業場所との間の往復のみならず、単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動や就業場所から他の就業場所への移動の際の災害も通勤災害に含まれます。

2 勤務中、通勤中の交通事故は労災保険の対象!

交通事故の保険は自賠責保険のイメージが強いかもしれませんが、勤務中、通勤中の交通事故は、労災保険の対象にもなります。

(1)被害者の場合

交通事故の被害者は、加害者が加入する自賠責保険や任意保険だけでなく、労災保険からも保険金を受け取ることができ、どちらの保険を選択しても構いません。
ただし、後述の労災保険の特別給付金などの一部の項目を除き、保険金の二重取りはできません。
したがって、一方の保険から保険金を受け取った後、同じ項目について他方の保険金を請求する場合は、最初に受け取った保険金を控除したうえで支払いがなされることになります。

(2)加害者の場合

加害者も負傷してしまった場合でも、労災保険であれば過失割合に関係なく保険金を受け取ることができます。
被害者が労災保険から保険金を受け取ることで、加害者が賠償すべき額も軽減することができます。
ただし、労災保険は慰謝料の項目がないので、慰謝料については全額加害者が支払わなければなりません。

3 どちらを選ぶべき?任意保険と労災保険

業務中や通勤中の交通事故の場合、任意保険も労災保険もどちらも利用することができます。
それぞれの保険のメリットデメリットがあるので、それらを踏まえたうえでどちらの保険を選択すべきか決めることをおすすめします。

(1)労災保険を使うメリット

 ①労災保険には特別給付金がある

労災保険と任意保険について、給付内容が重複する場合は二重に受け取ることはできません。
もっとも、労災保険には特別給付金という制度があり、損害の補填とは別に給付を受けることができます。
例えば、事故により仕事を休んだ場合は休業損害が請求でき、任意保険に請求すれば休業で支払われなかった給与分の賠償を受けることができます。
任意保険から支払を受けた後は、労災保険から休業給付を受けることは二重取りになるためできません。
ただし、休業特別給付金を受け取ることはできるので、実際に休業したことによる損害以上の金額を受領できる場合があります。

 ②過失相殺、限度額がない

交通事故の被害者であっても、事故の状況によっては被害者にも過失があることがあります。
その場合、任意保険の場合は過失分は減額(過失相殺)され、全ての損害の補填を受けることができません。
しかし、労災保険には過失相殺はないので、過失があっても損害の全額の補填を受けることができます。
また、自賠責保険には支払金額の上限がありますが、労災保険には上限がありません。

 ③7級以上の後遺障害が認定されると障害(補償)年金が支給される

後遺障害が認定されると、労働能力が喪失するため、等級に応じた逸失利益を受け取ることができます。
障害等級は第1級から第14級まであり、第8級以下の後遺障害が認定されると、障害一時金を受け取ることになり、第7級以上の後遺障害が認定されると、障害年金となり、毎年一定額を受け取ることができます。

 ④死亡の場合、一定の要件を満たせば遺族への年金が支給される

交通事故で死亡した場合、遺族は固有の慰謝料を受け取ることができる場合があるものの、それ以外の保障は受けられません。
しかし、労災保険の場合は、一定の要件を満たせば遺族年金として、毎年一定額の支給を受けられる可能性があります。

(2)労災保険を使うデメリット

 ①労災保険を使う場合、治療に健康保険を使えない

労災保険が利用できる場合は、健康保険は利用できません。
したがって、労災指定病院以外の病院を受診した場合は、一旦医療費を全額自己負担する必要があります。

 ②労災保険には慰謝料がない

労災保険には慰謝料はありません。
これに対して、自賠責保険や任意保険は、慰謝料が保障されます。

 ③労災保険では休業補償が満額出ない

任意保険では、交通事故により休業した場合に生じた損害は全額請求できます。
しかし、労災保険では、給付基礎日額の6割に加えて、休業特別支給金として給付基礎日額の2割が保障され、併せても損害の8割しか保障されません。

 ④労災保険では入院諸雑費が出ない

入院諸雑費とは、入院中に必要となる日用品などにかかる費用のことをいいます。
交通事故で入院を余儀なくされた場合は、入院諸雑費が損害として認められ、自賠責保険や任意保険からは支払を受けることができます。
しかし、労災保険では、入院諸雑費の補償を受けることはできません。

(3)併用も可能(二重取りに注意!)

労災保険と自賠責保険・任意保険は、補償される範囲に違いがありますが、両方の保険を併用することが可能です。
ただし、補償される範囲が同一のものについては、二重に受け取ることができるわけではなく、相互の保険同士で調整がなされることになります。

(4)自身が置かれている状況を踏まえて選択するべき

労災保険と自賠責保険・任意保険のうち、どの保険を申請すべきか、どちらも申請すべきかについては、ご自身が置かれている状況や保険の特性を踏まえて判断すべきことになります。
例えば、軽微な怪我で、通院期間も短く、休業もしていないようなケースであれば、慰謝料も含めて補償される自賠責保険・任意保険を利用する方が良いことになります。
また、重傷を負い、長期間の入通院や休業をした場合などは、両方の保険を併用して損害を補填すべきことになります。

4 こんな場合、労災保険を使えません

通勤中の事故で、一見すると労災保険を利用できるような状況でも、実は労災保険が使えないケースもあるので要注意です。

(1)通勤災害の定義

通勤災害とは、就業に関し、住居と就業場所との間の往復、単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動、就業場所から他の就業場所への移動を、合理的な経路及び方法で行う際の傷病等をいいます。
したがって、これに該当しないケースは、通勤途上の事故であっても労災が下りない可能性があります。

(2)通勤災害が認められないケース

通勤災害が認められないケースの一例は以下のとおりです。

 ①終業後の飲食

合理的な帰宅経路を逸れたり、帰宅とは関係ないことをした場合は通勤災害が認められません。
終業後、飲食店に行って飲食をするなどがこれにあたります。

 ②忘れ物(私物)を取りに帰った

合理的な帰宅経路の往復であっても、勤務先に忘れ物を取りに帰る場合、業務に関係する物であれば通勤災害が認められますが、私物を取りに帰る途中の事故であれば通勤災害が認められる可能性があります。

※こちらの記事もあわせてご確認ください。
参考:通勤災害とは?労災保険の補償対象となる事例や通勤災害の様式を解説

5 労災の申請手続き

労災保険を受けるためには、労働者が申請書類を労働基準監督署に提出する必要があります。

(1)書類を揃えて管轄の労働基準監督署に提出

労災保険の申請書類は、雛型があり、給付の項目ごとにそれぞれ必要事項を記載します。
雛型は厚生労働省のHPからダウンロードすることができます。(主要様式ダウンロードコーナー (労災保険給付関係主要様式)
書類が揃ったら管轄の労働基準監督署に提出し、審査を受け、認定が下りたら保険給付を受けることができます。

(2)会社が代行してくれる場合もある

勤務先の会社によっては、会社が労災申請を代行してくれる場合があります。
しかし、会社側が申請に協力しない場合などはご自身で申請をするか、専門家に依頼して申請しなければなりません。

6 まとめ

今回は、通勤中の交通事故について、労災保険が使えることについて解説しました。
交通事故には、労災保険のみならず、自賠責保険や任意保険などの保険もあり、それぞれの関係性は一般の方にとっては複雑なもので、どの保険を利用するのが有利なのかはケースバイケースです。
通勤中に交通事故に遭われた場合は、どの保険を利用すべきなのかについて、事前に弁護士に相談されることをおすすめします。


執筆者:弁護士 森本 禎

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