弁護士になったきっかけ

2017/6/15

みなさん、こんにちは。
代表弁護士の瀧井です。
今日は、私が弁護士になったきっかけをお話ししたいと思います。

私は、昔から周囲の大人たちから弁護士や政治家が向いていると言われていました。
まったく実感がわかなかったのですが、特段の努力をせずともそれなりに勉強ができたため、軽い気持ちで、北海道大学法科大学院までいきました。
しかし、自分なりに努力はしたのですが、司法試験に2度落ちました。
そこで私は、弁護士ではなく、起業家になろうと思い、東京で、とあるベンチャー企業に就職しました。
私の中でのベンチャー企業とは、これまでの価値観を守るのではなく、新しい価値観を創出する企業です。
そのような企業で修業をすることで、私自身も、新しい価値観を創出できる企業を作れるようになりたいと考えました。

結果として、私はこの会社を半年足らずで退社します。

私には、「雇われる」ことの覚悟と適性がありませんでした。

が、それ以上に、ある印象的な出来事により、退社を決意しました。
私がベンチャー企業で日々奮闘していた時期に、東京の押上という駅で、中学高校の同級生と、ばったり出会ったのです。
私たちは、地元、奈良から遠く離れた東京での再会を喜び、近況報告をしあいました。
私は、彼に、現在司法試験を諦め、社長を目指してベンチャー企業で修業をしている旨を告げました。
私は、当然彼に、「がんばってな」と言ってもらえると思っていました。

しかし彼が私にかけた声は、

「残念やわ」

でした。

私は意味が分からず、「なんで?」と聞きました。
すると彼は、「おれは本気で、瀧井ちゃんは日本で一番弁護士に向いてると思ってるのに」と言いました。
このとき、そこまで自分のことを思ってくれてたんだと衝撃を受け、ありがたいなと思いながらも、社長になるために目の前のやるべきことをやろうという気持ちが強く、あまり深く考えることはありませんでした。

それからしばらくして、東日本大震災がありました。
公共機関も動かず、会社から家まで2時間くらいかけて歩いて帰らねばなりませんでした。
その時、大勢の人々と一緒に歩いていたのですが、突然、恐怖感におそわれました。
今の自分は大勢の中に埋没してしまっているのではないか、本当にやりたいことをできているのかという恐怖感です。
このとき、私に、「残念やわ」と言ってくれた友人のことが思い浮かびました。
「自分のすべきことはこれだ」と、弁護士になることを初めて強く決心した出来事です。

そして、無事弁護士となったあとも、彼との因縁は続きます。

司法試験に合格した当初は最初から独立を考えていたのですが(独立に関しては、別記事にて書こうと思っています。)、ご縁あって、田城讓先生が所長を務める田城讓法律事務所に拾っていただきました。
入所後まもなく、私は、医療過誤事件の患者側の主任を任せていただきました。
まずは、協力をしてくれる医師を探すところからスタートしなければなりません。
これは本来大変な苦労だと思います。
ところが、私は本当に恵まれていました。
私に、「残念やわ」と言った友人が、偶然、この事件で問題となっている分野の専門医だったのです。

彼に協力を掛け合ってみたところ、即答で了承してくれました。
彼は激務の合間を縫って意見書を作成してくれました。
そして、私に、問題となっている分野に限っては専門医とも十分に専門的な話ができるくらいの知識を教えてくれました。
そのおかげで、結果的に、依頼者の方がご納得いただける形で、和解をすることができました。

このように、私が弁護士になったきっかけは、一人の友人でした。
私のこれまでの人生は、色々な人々によって影響を受けています。人のご縁に恵まれ、ここまでやってくることができました。
だから私は、人のご縁と義理を大事にしています。
ご縁や義理に関する私が思うところは、また日を改めてお話しできればと思います。


執筆者:弁護士 瀧井 喜博