IT業界契約あるある~「なんとなく」や「とりあえず」で契約書を作っていませんか?~

2019/3/7

1なぜIT業界で紛争が起きるのか

 IT業界の有名な風刺画があります。

<参照元URL:http://www.projectcartoon.com/cartoon/586

 

 この絵のポイントは、登場人物の誰一人として、「顧客が本当に必要だったもの」に到達できていないということです。顧客すらも自身が必要なものを正確に伝えられていません(図左上)。プロジェクト内で発生する伝達ミスや誤解にとよってとんでもない成果物ができるケースが多いことを皮肉っているのです。

 

 IT業界では、取引の対象が、専門的で、しかも目に見えないシステムやソフトウェアであることが多いため、顧客自身でさえ、自身のニーズを明確にイメージできていないことが多くあります。

 

 例えば、家の建築であれば、どういう家が欲しいかということについては、共通のイメージを伝えることが容易にできます。しかし、システムやソフトウェアの製作では、「売上の管理ができるシステムが欲しい」「労務管理のシステムが欲しい」といったようにそのニーズが抽象的に伝えられ、その内容等の具体的な成果物はベンダーに委ねられることが多く、顧客とベンダー(製造元、販売供給元のこと)との間で共通認識を形成することが難しいと考えられます。

 

 このように、IT業界では他の業界に比べ、「顧客が本当に必要だったもの」に対する認識齟齬が非常に多く発生します。

 それ以外にも、様々な理由でトラブルになることがあります。

 今回は、今後のトラブル予防のために、IT業界のトラブルの原因とその対応策についてお話します。

2トラブルの原因

 トラブルなど起こらないに越したことはないですが、ある程度事業の規模が出てくると、トラブルは避けて通れません。また、トラブルについて事前に知識を知っておくと予防策を講じやすいですし、それに対する対応も迅速に行うことができます。

 

 IT業界で発生するトラブルの原因について、典型的なものをまとめましたので、自社ではどうなっているのかをあわせて考えてもらえると、より実感していただけるのではないでしょうか。

 

(1)契約書・資料が存在しない 

 IT関係では、要件定義や作成の段階、保守・管理に至るまで様々なことを事前に決める必要があります。特に、要件定義は、発注した製品についての顧客のニーズであり、契約の目的、すなわち何を作るかということを示すものになるので非常に重要です。また、期限がいつか、製品の対価がいくらかについて、トラブルになることも多いため、期限や金額等を決めることも重要です。

 

 トラブルになるほとんどの場合では、これらのことが口約束でのみ決まっており、議事録やメールでさえ残していません。契約書や資料を丁寧に残すというのは、紛争を生業にしている弁護士ならともかく、普通のIT業者では非常に負担の大きな業務になります。そして、IT業界における取引の多くはその金額がそれほど大きくありません。大きな利益にならない取引であるのに、負担の大きい業務までやってはいられないということから契約書や資料を残していないことが多いというのが実情です。

 

 しかし、トラブルから発生する損害は非常に大きいです。場合によっては、何千万円の損害賠償をされるという可能性もあります。

 したがって、契約書や資料を残しておくのは、将来発生するかもしれない費用を抑えるためにも必要なトラブル回避措置になります。

 もっとも、契約書や資料を作成・保管したとしても、また違うトラブルが発生することがあります。それが(2)(3)になります。

 

(2)契約書と実態があっていない

  これも非常に多いです。例えば、発注者は、製品が完成した場合にお金を支払うつもりであったのに、契約書上は、毎月一定のお金を払うことになっているというのがこのタイプのトラブルの典型例です。

 

 これは、契約書をひな形のまま使用していることが原因です。最近では、経済産業省がモデル契約書を公表していることもあり、一応の契約書を用意する会社も増えています。しかし、ほとんどの会社が、そのひな形が自分のビジネスとあっているのかを確認することなく使用しているため、実態とそぐわない契約になっているのです。

 

 ビジネスにおいて契約書を用意するという文化が浸透しつつありますが、細かくチェックするところまでまだ浸透しきっていないため、自身の締結する契約書の名前とひな形の名前が一致していればよいと考える方が少なくないというのが実情だと思われます。

 

 締結する契約とひな形の名前が一致しているだけでなく、その内容も一致しているのかを確認する必要がありますので、契約を締結する前に、必ず契約書に目を通しましょう。

 

(3)契約書に発注者の希望が反映されていない

 (2)と似ていますが、この種類の紛争は、実態を反映させた契約書は作られているものの、情報漏洩対策や著作権等の知的財産権の帰属といった点で発注者の希望が反映されていないことが原因でトラブルとなります。

 

 システムやソフトウェアの開発することが多いIT業界では、特に著作権や特許権といった知的財産権をどちらが持つのかによってトラブルになることが多いです。

 

 例えば、ホームページ作成の契約の場合、ホームページを自由に変更する権利は著作権を持つものになります。そして、著作権は、原則として、ホームページを作成したベンダー側が持つことになります。

 

 にもかかわらず、著作権を発注者に移す取り決めを契約書に盛り込んでおかなければ、発注者は、ホームページを変更しようとするたびに、ベンダー側に許可を取る必要があります。意地の悪いベンダーだとそのたびにお金を請求してくることもあります。

 

 これも、契約書をひな形のまま使用していることが原因として考えられます。単に、システムやソフトウェアを作ってもらうということだけでなく、作った後のことも考えて契約書を作成する必要があります。

 

 

(4)情報漏洩

 情報化社会になってきたことで増えてきた紛争です。これは、発注者とベンダー側との意思疎通ができていないことが理由でトラブルになるわけではありませんが、近年、その数が増えてきているため書いておきます。 

 

 情報漏洩というと、宅ふぁいる便事件のように外部から不正アクセスを受けた結果、社内の情報が流出するというイメージが強いかと思います。しかし、実際には、会社のシステム運用担当者がメールの宛先をミスしていたり、情報の保管場所を社外に指定していたため情報が社内外の誰もが見れる状態になっていたり、ベンダーが顧客から得た情報を他社に売りつけたりといった内部犯的犯行のパターンがほとんどです。

 

 これを防ぐには、社員の情報セキュリティ教育と情報セキュリティのマニュアル作成をしておくことが重要です。

 

3最後に

 以上のとおり、IT企業が巻き込まれる紛争のほとんどは契約書に関連しています。ビジネスを進める際には、専門家の目を通した契約書を用意しておくことが重要です。

 

 経営者の中には、「結婚の前に離婚のことを考えるみたいで縁起が悪い」と考える人もいるかもしれません。

 

 しかし、契約書は、お互いの責任範囲を明確にしたビジネスのルールブックです。ルールのないスポーツが成り立たないように、ビジネスもルールなしでは成り立ちません。

 また、トラブルが発生して、その対応で時間と手間を取られ、円滑な事業の遂行に支障をきたさないためにも、事前に契約書や資料を準備する必要があります。

 これからは、契約書の「製造」を弁護士という「ベンダー」に外注するという発想も、ITビジネスでは必要になってくるのではないかと思います。

 

 

 「うちの会社はどうなのだろうか」「契約書を変更したいが、どんな内容にしたらよいのか」「うちの会社の情報セキュリティを見直したい」等がございましたら、お気軽に、弊所までご相談ください。 会社の業種、状況、ビジネスのスキームなどから予想されるリスクの種類の大きさを一緒に考えていきましょう。その上で、費用対効果の観点から望ましい、企業ごと・ビジネスごとにカスタマイズした契約書をご提案させていただきます。

 

関連記事:宅ふぁいる便事件